2025/04/16 15:31
今でこそコーヒーは「くつろぎの飲み物」として親しまれていますが、かつてはまったく異なる役割を担っていました。特に17世紀のイギリスにおいて、コーヒーハウスはただの喫茶店ではなく、情報と議論が行き交う社会の“ハブ”として発展していったのです。
コーヒーがロンドンにやってきた
ロンドンに最初のコーヒーハウスが誕生したのは1652年。オスマン帝国からヨーロッパにもたらされたコーヒーは、イギリス人にとって未知で刺激的な飲み物でした。
当時の社会では、酔って騒ぐ酒場に代わる理性的な社交の場が求められており、コーヒーはそのニーズにぴたりとはまりました。頭を冴えさせる飲み物として注目を集め、人々は自然とコーヒーハウスに集まるようになっていきます。
1杯のコーヒーで、社会の動きを知る
当時のコーヒーハウスは、いわば「街の情報センター」でした。新聞、小冊子、手紙、噂話――そういったあらゆる情報が、ここに集まってきたのです。
壁にはニュースが貼られ、誰かが入ってくるたびに「どこで何が起きてる?」と声が飛ぶ。1ペニーでコーヒーを注文すれば、誰もがそうした最新情報を得ることができました。そのため、コーヒーハウスは「ペニー・ユニバーシティ(一銭で学べる大学)」と呼ばれることもありました。
分野ごとに発展したコーヒーハウス
面白いのは、次第に「特定の分野に特化したコーヒーハウス」が生まれてきたことです。
保険業の原点となったロイズ・コーヒーハウス(後のロイズ保険会社)
文筆家たちが集まり、雑誌『スペクテイター』が生まれた店
科学者たちが議論を交わし、王立協会(Royal Society)の会合も開かれた場所
こうした空間は、情報が生まれ、動き、社会を変えていく拠点でもありました。現代でいうと、オープンなサロンやコワーキングスペースに近いかもしれません。
コーヒーと女性――排除されたもう一つの声
ただし、こうしたコーヒーハウスには大きな制限がありました。それは、女性の立ち入りがほとんど許されなかったということです。
男性たちが外で情報を収集し議論に参加する一方で、女性は家庭にとどまりがち。その反発として発表されたのが「女性の請願書(The Women's Petition Against Coffee)」です。そこではコーヒーが“夫の無関心や無力化”を招くとして、風刺的に抗議がなされました。
これは単なる冗談文書にとどまらず、当時の性別による情報格差を示す証拠でもあります。
どんなコーヒーが飲まれていたのか?
ちなみに、当時のコーヒーは今とはまったく異なる味わいでした。深煎りで粗い抽出、時には香辛料が混ざることもありました。クリーンカップとは程遠いものの、「目が覚める」「健康に良い」といった理由から人気が高まっていきました。
コーヒーは当時、医療的にも注目されていて、消化を助ける、気分を明るくする、憂鬱を吹き飛ばす…そんな万能薬のような存在として飲まれていたのです。
カフェ文化の原点と、現代とのつながり
現代のカフェも、実は再び“情報の場”として進化しています。ノートPCを開いて仕事をする人、打ち合わせをする人、イベントや展示を通じて人が集まるカフェ…。使われ方は違えど、「会話と情報が生まれる空間」としての本質は、今も変わっていません。
コーヒーは、ただの飲み物ではありません。
それを囲む場には、いつの時代も人と人をつなぐ力があるのです。
次にカフェで一杯のコーヒーを手にするとき、ふと周りを見渡してみてください。
もしかするとそこにも、小さなコーヒーハウスの続きが広がっているかもしれません。