2025/05/02 20:19
焙煎中に豆が「パチッ」「ピチピチッ」と音を立ててはじける──これは「ハゼ(爆ぜ)」と呼ばれ、焙煎における重要な指標です。
この一瞬の音の中には、豆の状態、焙煎の進行具合、そして味の仕上がりに関わる多くの情報が詰まっています。
■ ハゼとは何か? その仕組みとメカニズム
コーヒーの生豆は、見た目には硬く乾いていますが、その内部には水分と空気、さまざまな有機物が含まれています。
焙煎を開始すると、まず内部の自由水(豆の内部に存在する水分)が加熱されて蒸発し始めます。この段階では、豆の表面に変化はなくとも、内部では着実に圧力が高まっていきます。
さらに加熱が進むと、豆内の細胞壁に囲まれた小部屋(パーチメントセル)に閉じ込められた水分が蒸気化し、圧力が限界に達した瞬間、細胞構造が内側から破裂します。このときに「パチッ」と乾いた音を立てるのが一ハゼです。
ここで注目すべきなのが、ハゼの直前に豆が一時的に収縮し、ゴムのように柔らかくなる現象です。
焙煎中盤で水分が抜けていくと、豆の体積は一度わずかに縮みます。同時に、加熱によって内部のタンパク質や多糖類が熱変性を起こし、もともとカチカチだった組織が弾力を帯びた“しなる”構造に変化します。
この状態は、言わばハゼのための準備段階。柔軟性があることで、内部圧力をしっかり溜めこむことができ、構造が限界に達したときに「弾ける」ように破裂できるのです。硬すぎる豆では逆に圧力を受け止められず、割れるように壊れてしまうこともあります。
つまり、一時的なゴム状の変化があるからこそ、ハゼがきれいに発生する──この構造変化こそが、焙煎における重要な生理現象の一つです。
■ 一ハゼと二ハゼの違い
一ハゼは、内部の水分が蒸気となって発生する爆裂です。それに対して、焙煎がさらに進むと、豆の構造自体が炭化し始め、炭素やガスが原因で二度目の爆裂が起きます。これが二ハゼです。
一ハゼよりも音は細かく、「ピチピチ」「チリチリ」といった音になります。これは豆の組織がより脆くなっていることを意味しており、ここまでくると焙煎も終盤。焙煎士にとっては、最終調整のタイミングでもあります。
■ ハゼの音をどう聴くか
ハゼは音で判断できる数少ない生豆のリアクションです。
特に一ハゼは明瞭な破裂音なので、どのタイミングで始まり、どのくらい続き、どのように収束するかを聴き取ることは非常に重要です。
「始まり」と「終わり」を明確に聴くことで、豆がどこまで熱を受けたかの目安になります。
■ 豆によって変わるハゼの出方
同じプロファイルでも、豆の品種や精製方法によってハゼの出方は変わります。
含水率が高い豆(特にウォッシュト)ほど、一ハゼの音が力強く出る傾向があります。
ナチュラルやアナエロビックの豆は、水分の抜け方が複雑なので、一ハゼが不規則になったり、やや遅れることもあります。
標高が高い豆は細胞が締まっているため、ハゼまでの時間がかかることもあります。
■ ハゼの有無と味への影響
ハゼが明確に出ない=失敗、というわけではありませんが、ハゼがきれいに出る=内部までしっかり熱が通っていると判断できます。
逆に、一ハゼが弱かったり不明瞭なときは、内部の加熱が不十分であったり、熱の伝わり方にムラがあった可能性も考えられます。
味に直結するわけではありませんが、ハゼの質を整えることは、豆のポテンシャルを引き出すための一つの基準になります。
■ 焙煎は音で整える工程
視覚や嗅覚と並んで、「音」は焙煎における大事な五感の一つです。
ハゼは焙煎プロファイルにおいても、タイムライン上のマーカーとなる要素で、適切な焙煎を行うには「音を聴いて整える」力が求められます。
音がきれいに出ている焙煎は、味わいにも芯が通っていて、後味の透明感や厚みのある香りが出やすくなります。
豆が持つ本来の香味をしっかり引き出すには、「ハゼの音に耳を澄ます」ことが、意外と近道かもしれません。
もしこの記事を読んで、豆の中で起きていることを想像しながら一杯を淹れてみたくなったら──ぜひ、私の焙煎した豆を試してみてください。
一つひとつの音に耳を傾けながら焼き上げた豆が、きっとあなたの時間を豊かにしてくれるはずです。