2025/05/06 16:15
コーヒーを抽出するうえで、注目されやすいのは豆の種類や焙煎度、挽き目、ドリッパーの形状などです。しかし、見落とされがちな存在が「ペーパーフィルター」。その厚みが味に与える影響は、実は想像以上に大きいものです。
プロのバリスタたちは、ペーパーフィルターの厚みや素材にまで神経を研ぎ澄まし、理想の一杯をつくりあげています。この記事では、厚みの違いが味にどう影響するのか、そして世界のチャンピオンたちが実際に選んでいるフィルターを通して、その奥深い世界を掘り下げてみましょう。
厚いフィルター、薄いフィルターで何が変わるのか?
抽出スピードと味の輪郭
ペーパーフィルターの厚みは、抽出のスピードに直結します。厚いフィルターは紙の目が細かく、お湯の流れを穏やかにするため、抽出時間が長くなる傾向があります。これにより、苦味やボディ感がしっかりと引き出され、力強い味に仕上がります。
一方、薄いフィルターは湯抜けがよく、抽出スピードが速まるため、明るい酸味や軽やかさが前に出やすくなります。言い換えれば、厚いフィルターは「重厚な味わいを作る道具」、薄いフィルターは「明るく透明感のある風味を引き出す道具」ともいえます。
オイルの吸収と質感
もうひとつ見逃せないのが、コーヒーオイルの透過性です。ペーパーフィルターは、コーヒー豆から抽出された油分(オイル)をある程度吸収しますが、厚みのあるフィルターほど多くのオイルを吸収し、カップに残るオイル量は少なくなります。その結果、クリーンな口当たりに仕上がります。
逆に薄いフィルターでは、わずかにオイルがカップに残り、コーヒーに滑らかさやコクが加わることがあります。とくにミディアムローストや浅煎り豆を使用する際には、このオイル感が味の立体感に関与することもあるのです。
焙煎度との相性:フィルターで味を整える
焙煎度によって、最適なフィルターの厚みも変わってきます。浅煎りの豆は、もともと持っている酸の表現が豊かで、苦味やコクが控えめです。そうした豆を厚めのフィルターでゆっくり抽出してしまうと、酸のフレッシュさが隠れてしまい、場合によっては渋みが出ることもあります。浅煎りに適しているのは、抽出スピードが早い、やや薄手のフィルターです。
反対に、深煎り豆はボディやコクがしっかりある分、速く抜けすぎると雑味が残りやすくなります。ここで厚手のフィルターを使うと、抽出のスピードが抑えられ、雑味や濁りを抑えながら豊かな味を整えてくれます。
こうした相性を見極めてフィルターを選ぶことは、味づくりにおける重要なステップのひとつです。
バリスタチャンピオンたちの選択
ペーパーフィルターの重要性を理解しているのが、世界のバリスタチャンピオンたちです。彼らは、単にブランドで選ぶのではなく、「味を設計する道具」としてフィルターを選んでいます。
粕谷哲(2016年 ワールドブリュワーズカップチャンピオン)
「4:6メソッド」で知られる粕谷哲氏は、CAFEC社のペーパーフィルターを愛用しています。CAFECは焙煎度別にフィルターの厚みを変えて設計しており、「浅煎りには薄め」「深煎りには厚め」という思想をもとにしたラインナップが特徴です。
このようにフィルターの厚みで抽出速度を制御することで、酸の出方やボディ感のバランスをチューニングできる。粕谷氏の一杯は、まさにその調整力の結晶といえるでしょう。
杜嘉寧(2019年 ワールドブリュワーズカップチャンピオン)
中国のバリスタ、杜嘉寧(Du Jianing)氏はORIGAMIドリッパーとウェーブ型のペーパーフィルターを使用して優勝しました。ORIGAMIの陶器ドリッパーは、構造上湯の抜けがよく、抽出がスムーズになるよう設計されています。
それに合わせるフィルターも、過剰に厚くはなく、流速を重視したもの。味づくりにおいては、「抽出時間の短縮」と「高温での安定した抽出」を両立させるための選択だったと考えられます。
石谷貴之(ジャパンバリスタチャンピオン)
日本のバリスタ、石谷貴之氏はペーパーフィルターではなく、金属製のPerianth(ペリアンス)ドリッパーを使用することもあります。これは、チタンコーティングされたステンレス製フィルターで、オイルをしっかりと通し、丸みのある豊かな味わいを実現します。
金属フィルターはペーパーに比べ、オイルや微粒子が多くカップに残るため、厚みのある味わいや口当たりを求める際には有効です。ペーパーフィルターとの違いを理解したうえで、明確な目的をもって使い分けているのがプロの選択です。
ペーパーの素材・色・漂白の違いがもたらすもの
材料:木材パルプ vs. バガス・麻・再生紙など
● 木材パルプ
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最も一般的で、濾過性が高く、クリーンな味を生みやすい。
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微粉やオイルをしっかりと除去できるため、スッキリとした印象に仕上がる。
● 非木材系(バガス・麻・再生紙)
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サステナブル素材として注目されており、環境に配慮した選択肢。
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繊維が粗めなこともあり、ややオイル感やまろやかさを感じる味わいに仕上がることも。
色と漂白:白色(漂白) vs. 茶色(無漂白)
● 白色フィルター(漂白済み)
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酸素漂白が主流で、安全性は高い。
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紙臭さが少なく、風味に影響が出にくい。
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クリーンカップ志向の抽出に向いている。
● 茶色フィルター(無漂白)
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湯通し(リンス)によって紙の匂いを軽減する必要がある。
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味にわずかな温かみを与えることもあり、ナチュラルな印象を求める人に人気。
加工方式:打ち抜き vs. 成形
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打ち抜き式はコスト面で有利だが、抽出中に側面が浮きやすいこともある。
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成形タイプは密着性と抽出安定性が高く、ドリップの再現性に優れる。
フィルターは「味の設計図」
コーヒーを抽出するうえで、ペーパーフィルターは単なる“道具”ではありません。むしろ、「味の設計図を完成させる最後のパーツ」と言っても過言ではないでしょう。厚みの違いで湯の流れ方が変わり、抽出される成分のバランスが変わり、結果として味わいそのものが大きく変化します。
さらに、素材や漂白の有無といったディテールまでもが、風味や香りの印象に関わってくるのです。豆の個性を最大限に引き出すためには、焙煎度や抽出レシピだけでなく、「どんなフィルターを使うか」まで意識することが、プロの仕事だと思います。
まとめ:あなたの一杯に合うフィルターは?
もしコーヒーの味が「いつもより重い」「抜けが早くて物足りない」と感じるとき、それは豆のせいでもドリッパーのせいでもなく、フィルターの厚みや素材が原因かもしれません。
浅煎りの明るさを楽しみたいなら、薄手のフィルターでスッと抜ける抽出を。深煎りのまろやかさを整えたいなら、厚手のフィルターでじっくり味を引き出す。ナチュラルな風味や環境への配慮を求めるなら、無漂白や非木材系素材も視野に入れてみる。
お気に入りの豆に、最適なフィルターを。味づくりは、細部に宿ります。