2025/05/07 20:03

インドネシア・スマトラ島で生まれた独特の精製法「スマトラ式(Giling Basah)」は、コーヒーの風味だけでなく、その過程で呼ばれる豆の名前さえも変化させる、極めて特徴的な方式です。ここでは、その一連のプロセスを、現地用語を交えて詳しく追っていきます。


1. スマトラ式とは何か?

スマトラ式精製とは、インドネシアの特にスマトラ島北部(アチェ、リントン、シディカランなど)で広く行われているセミウォッシュド式の一種です。「Giling Basah(ギリング・バサ)」と呼ばれ、直訳すると「湿ったままの脱殻」を意味します。

最大の特徴は、豆がまだ高い含水率を保った状態で脱殻されること(ウェットハル)。この処理により、他の精製法にはない独特の質感、複雑なスパイス感、そして深いアーシーさが生まれるのです。


2. スマトラ式精製の工程と豆の名称の変化

スマトラ式では、収穫されたコーヒーチェリーがさまざまな段階を経て、「Gabah」から「Labu」、そして「Asalan」へと呼び名が変化します。この名称の変化は、インドネシア独自の生産・流通の構造と深く関係しています。


【1】収穫とパルピング(果肉除去)

呼称:チェリー → Gabah

農家は赤く熟したコーヒーチェリー(Cherry)を手摘みし、その日のうちに手動のパルパーで果肉を除去します。この段階では、外皮と果肉を取り除いた状態で、ミューシレージとパーチメントが付いたまま。これを現地では**Gabah(ガバ)**と呼びます。

Gabahはまだ非常に水分を含んでおり(30〜40%程度)、風通しの良い場所で1日ほど仮乾燥されます。ただし、フルウォッシュト式のように完全に乾かすことはせず、「まだ湿っているがパーチメント付き」の状態で収穫ステーションに集められます。


【2】ウェットハル(湿った状態での脱殻)

呼称:Gabah → Labu

Gabahが集荷された後、精製所では通常の脱殻機とは異なり、ウェットコンディションに対応した特殊なハルラー(脱殻機)で殻を剥きます。この処理が「Giling Basah(ウェットハル)」です。

脱殻されたばかりの豆は、まだ水分をたっぷりと含んでいて、柔らかく壊れやすい状態。この状態の豆を**Labu(ラブ)**と呼びます。インドネシア語で「かぼちゃ」を意味するLabuは、豆の見た目がその柔らかさゆえに、丸く膨らんだように見えることに由来すると言われます。

このLabuの状態ではスクリーンサイズや欠点の選別ができないため、そのまま乾燥工程に進みます。


【3】最終乾燥と選別

呼称:Labu → Asalan

Labuは日陰で2〜3日ほど乾燥され、含水率が12〜13%に達すると、ようやく豆は取り扱いやすい「生豆」の形状になります。この段階の豆はまだ選別されておらず、異物や欠点豆、サイズの不揃いな豆も混じったまま。この状態を**Asalan(アサラン)**と呼びます。

Asalanは、国内で消費される場合もありますが、多くはその後、グレーディング(サイズ別選別)やハンドピック(欠点除去)を経て、「Green Beans(グリーンビーンズ)」として輸出されます。


3. 呼称の意味だけでなく、品質にも関わる各段階

インドネシアの流通構造では、農家、集荷業者(トンケ)、脱殻業者、乾燥業者、輸出業者が分業しており、それぞれの工程ごとに品質の判断と買取が行われます。そのため、Gabah、Labu、Asalanといった名称は、単なる呼び名であると同時に、流通上の「取引単位」でもあるのです。

たとえば:

  • Gabahの品質=農家の収穫・発酵・乾燥技術を示す指標

  • Labuの管理=ウェットハル時の設備と技術力の差が出る

  • Asalanの選別=最終品質と価格を左右する大きな要素

このように、名称は単なるステージではなく、品質評価と価格決定の基準とも結びついています。


4. まとめ:スマトラ式の奥深さは現地の呼称に宿る

Gabah、Labu、Asalan――それぞれの名前は、単なる作業工程を示すだけでなく、現地の生産と生活の知恵、そしてインドネシアという土地の気候や文化に根ざした工程の中で生きてきた言葉です。

こうした背景を知ることで、私たちはコーヒーの一杯から、生産地の温度や湿度、手の感触までも感じ取ることができるかもしれません。

スマトラ式精製の奥深さを味わうことは、単にエキゾチックなフレーバーを楽しむことに留まらず、その背景にある「名前の変化」すらも含めたストーリーを感じる体験なのです。