2025/05/08 19:35

コーヒー豆を選んでいるとき、「あれ?」と気づくことがあります。よく見ると、表面に小さな穴が空いていたり、焙煎後に割れていたりする豆が混じっていることがあります。これは「虫食い豆」と呼ばれるもので、コーヒーの味わいにも少なからず影響を与える存在です。

この記事では、虫食い豆がどうやって生まれるのか、どんな虫が関わっているのか、そして味への影響や農園での工夫など、少し深いところまで掘り下げてご紹介します。


虫食い豆って、どんなもの?

虫食い豆とは、コーヒーの果実(コーヒーチェリー)の中に虫が入り込み、種である豆の一部を食べてしまった状態のものです。見た目には、小さな穴が1〜2つほど空いていたり、豆の形が崩れていたりすることがあります。

生豆の状態だとわかりにくいこともありますが、焙煎すると特徴がはっきりしてきます。他の豆より軽く、焼きムラがあったり、表面がざらついていたりすることも。ときには、焙煎中にパチンと割れてしまうこともあります。


その原因は「コーヒーベリーボーラー」

虫食い豆の一番の原因とされているのが、「コーヒーベリーボーラー(Hypothenemus hampei)」という虫です。体長はたったの1〜2ミリ。とても小さな甲虫ですが、コーヒーの世界では最も恐れられている害虫のひとつです。

この虫は、熟したコーヒーチェリーに穴を開けて中に入り込み、豆の中心部に卵を産みつけます。孵化した幼虫は、豆を内側から食べながら成長します。果実の表面には小さな穴があるだけなので、収穫時には気づかないことも多く、そのまま生豆として出荷されてしまうこともあります。

被害は世界中に広がっていて、とくにラテンアメリカ、アフリカの農園では深刻です。収穫量の減少だけでなく、味の劣化にもつながるため、生産者にとっては本当に頭の痛い存在です。


味にどう影響するのか

では、こうした虫食い豆がコーヒーの味にどのような影響を与えるのでしょうか。

まず、豆の一部が食べられてしまっているため、細胞の構造が壊れています。そのため、焙煎時に熱がうまく伝わらず、焼きムラができたり、焦げやすくなったりします。チャフ(薄皮)も剥がれにくく、抽出時に濁りが出やすくなります。

味わいとしては、

  • 雑味が出やすくなる

  • 素材本来の香りや酸の輪郭がぼやける

  • 「紙っぽさ」「枯れた感じ」などネガティブな印象が残る

といったことが起こります。特に透き通るような風味を目指したいコーヒーでは、少しの虫食い豆でも全体の印象に影響することがあります。


虫害と向き合う農園の知恵と努力

虫食い豆を減らすために、生産地の農園ではさまざまな工夫がされています。とくにコーヒーベリーボーラーのように豆の中に潜り込む虫は、外から見えにくいため厄介です。

たとえば、こんな取り組みが行われています:

  • フェロモントラップ:虫を誘き寄せて捕まえる罠。オスを中心に集めて繁殖を防ぎます

  • 一斉収穫:完熟果が木に残りすぎないよう、短期間でまとめて収穫して虫の繁殖サイクルを断ちます

  • 草刈りや剪定:虫が潜める場所を減らすための地道な作業です

  • 天敵の利用:寄生蜂など、自然界の力を借りる方法もあります

ただし、これらは時間も労力もかかります。特に小規模な農園では、すべてを完璧にこなすのは難しく、どうしてもある程度の虫害が発生してしまうことがあります。

農薬を使えば虫害は抑えられるかもしれませんが、その分、環境や人体への影響が懸念されることもあります。どの方法を取るかは、生産者の哲学や土地の条件によって異なります。


私にできること

輸入された生豆のなかには、一定の割合で虫食い豆が含まれていることがあります。私は豆を扱う際、焙煎前の段階で目視による選別を行い、できるだけ虫食い豆やその他の欠点豆を取り除くようにしています。

また、焙煎後にも色や香り、表面の状態などをよく観察し、必要があれば再度選別をしています。こうした小さな積み重ねが、クリアで心地よい一杯につながっていくのだと感じています。

ご家庭で豆を購入された際、小さな穴が空いている豆を見つけたら、それは農園での自然との闘いの証かもしれません。そうした背景を思い浮かべながら飲んでみると、また違った味わいに感じられることもあるかもしれません。


「虫が食べる豆は安全」は本当?

たしかに、「虫が食べるほど安全」という考え方もあります。農薬をほとんど使っていない環境では、虫が近づきやすくなるのは自然なことだからです。

とはいえ、それと「美味しい」は別の話です。虫が食べた痕が残っている豆は、味に悪影響を及ぼすこともあります。安全であることと、美味しさのバランスをどう取るかは、私のように豆を扱う者がしっかりと考えるべきことだと思っています。


コーヒーは、見えないところに物語がある

虫食い豆を通して見えてくるのは、豆の中に閉じ込められた小さな物語です。コーヒーは農作物であり、自然のなかで育まれるもの。そこには、雨風だけでなく、虫たちとの静かな攻防もあります。

どんな豆にも、その背景には生産者の手間や工夫が詰まっています。そして、その豆をどう扱うかが、私の役割です。

こうした細やかな背景を知ると、いつもの一杯がちょっとだけ特別に感じられるかもしれません。


おわりに──クリアな味わいを届けたい

私は、欠点豆の選別から焙煎、そして味づくりに至るまで、ひとつひとつの工程を大切にしています。虫食い豆のような小さな欠点も見逃さず、できる限りクリアで心地よい一杯を届けたいと思っています。

もし、澄んだ風味とやさしい余韻のあるコーヒーにご興味がありましたら、ぜひ私の焙煎した豆を試してみてください。毎日の一杯が、少しだけ特別になるかもしれません。