2025/05/13 16:00
コーヒー豆の精製工程において、「ミューシレージ」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。これは、収穫したコーヒーチェリーの果肉を取り除いたあと、種子(パーチメント)に残る粘液質の層を指します。この粘液質には糖やペクチンが豊富に含まれており、コーヒーの風味に大きな影響を与える可能性があります。

この記事では、ミューシレージを意図的に残すことで得られる風味上の利点と、それに関わる精製方法について掘り下げてみたいと思います。
精製方法ごとのミューシレージの扱い
コーヒーの精製とは、果肉を除去して種子(いわゆるコーヒー豆)を乾燥・加工する工程です。このとき、ミューシレージを残すか除くかで風味が大きく変わります。
ウォッシュド(Washed / Fully Washed)
果肉除去後、発酵槽や機械でミューシレージを完全に取り除きます。クリーンで明るい酸味が特徴で、品種や標高の個性が際立ちます。
ナチュラル(Natural / Dry Process)
チェリーを丸ごと乾燥させるため、果肉もミューシレージもそのまま。乾燥中に発酵が進み、甘さや果実味、ワインのような風味が加わります。
ハニー(Honey / Pulped Natural)
果肉は除去しますが、ミューシレージを一部残して乾燥させる方法です。ブラック→レッド→イエローと残す量に応じた分類があり、甘さや滑らかな口当たりが特徴です。
アナエロビック・ファーメンテーション(嫌気性発酵)
密閉容器で酸素を遮断して発酵を行う方法で、ミューシレージを残した状態で行うことが多いです。トロピカルフルーツやスパイスのような複雑な風味が生まれます。
ミューシレージが風味にもたらすもの
ミューシレージには糖類(ブドウ糖・果糖)、ペクチン、アミノ酸、微量の脂質などが含まれており、発酵を担う微生物にとっては栄養の宝庫です。これらが分解されることで、香りや味に大きな影響を与える揮発性化合物が生成されます。
ミューシレージを残したことで生まれる風味的な特徴には以下のようなものがあります:
蜂蜜やキャラメルのような甘み
熟した果物やトロピカルフルーツの香り
発酵感やワインのような風味
厚みのあるボディと滑らかな口当たり
たとえば、エチオピアのナチュラルではミューシレージをしっかり残して乾燥させるため、ブルーベリーやフローラルな香りが特徴になります。コスタリカではハニープロセスを用い、甘さとバランスの取れた味わいを生み出すロットが増えています。
ただし、ミューシレージが多すぎたり乾燥が不十分だと、過発酵やカビのリスクも伴います。生産者には高い管理能力が求められる工程です。
なぜミューシレージを残すのか?
それでもミューシレージを残す理由は明確です。甘さや果実味といった明確な個性を引き出すことができるからです。これは、スペシャルティコーヒー市場においては大きな価値になります。
同じ品種・同じ農園でも、精製方法を変えるだけで全く異なる風味が生まれます。これにより、農園は多様な味を提供でき、ブランド力の強化にもつながります。
また、ハニープロセスやナチュラルでは使用する水の量が少なく、環境負荷が小さいというメリットも。水資源が限られた中米やアフリカの生産地では、持続可能性の観点からも支持されています。
おわりに
ミューシレージを残すかどうかは、単なる技術的な選択ではなく、生産者の哲学と品質へのアプローチを映す重要な判断です。甘さや果実味、奥行きのある風味を求めるなら、ミューシレージの影響を見逃すことはできません。
コーヒー豆を選ぶとき、「精製方法」に加えて「ミューシレージが残されているかどうか」にも注目すると、カップの向こうにあるストーリーがより立体的に見えてくるかもしれません。