2025/05/21 15:53
「2050年には、アラビカ種の栽培地が半減するかもしれない」──。これは気候変動に関する研究者たちの間で、すでに現実的な懸念として語られています。
コーヒーの未来を語る上で、この「2050年問題」は避けて通れません。なかでも中心にあるのが、世界中のスペシャルティシーンを支えてきたアラビカ種の脆弱性です。
本記事では、気候変動の影響とアラビカ種の苦境、新たな品種開発、ロブスタの再評価、そして過去のコーヒー危機を取り上げながら、「未来の一杯」に何が起きているのかを考えてみたいと思います。
気候変動とアラビカの苦境
アラビカ種(Coffea arabica)は非常に繊細な植物で、病害虫や温度変化への耐性が低く、生育には冷涼な高地環境が不可欠です。理想的な生育温度は18~21℃前後とされ、気温が1〜2℃上がるだけでも生理的ストレスがかかり、以下のような変化が起こります:
成熟が早まり、チェリーの密度が下がりやすくなる
酸やフレーバーが形成される過程が短縮され、品質が低下する
病害虫の生息域が拡大し、被害リスクが高まる
とくに顕著なのが**さび病(コーヒーリーフラスト)**の拡大です。かつては標高の高い農園では見られなかったこの病気が、近年では1500〜1800mの農園にも及んでいます。温暖化によって病原菌の活動時期が長くなり、農薬や栽培管理の負担が大きくなっているのです。
さらに深刻なのは、気候の不安定化による降雨パターンの変化です。コーヒーは開花のタイミングが非常に重要で、雨が来る時期がずれると開花が揃わず、収穫期に熟度のばらつきが生じます。これにより、品質管理や収穫の手間が増え、コストが跳ね上がります。
一部では、標高を上げて新たな農地へ移る「アップスロープ」という対策も取られていますが、高地の土地は限られており、森林伐採の問題や交通インフラの不足といった新たな課題も出てきます。
つまり、「環境を移せば解決」という単純な話ではなく、アラビカ種の生産そのものが構造的な危機に直面しているのです。
品種改良という希望の道
この状況を打開するため、世界中の農業研究機関が新しい品種の開発に力を入れています。とくに、アラビカとロブスタの交配による「F1ハイブリッド」や、野生種をベースにした耐性品種が注目されています。
たとえば、センテロ(Centroamericano)やH1といった品種は、さび病への耐性と収量の高さを兼ね備え、スペシャルティにも通用するポテンシャルを示しています。また、**野生種のステノフィラ(Coffea stenophylla)**は、高温耐性がありながらアラビカに似た風味特性を持ち、イギリスの研究チームが再評価を進めています。
ただし、品種が変わることで風味や栽培ノウハウも大きく変わります。ティピカやゲイシャのような繊細で個性的な味わいを求める消費者にとって、それが受け入れられるかは未知数です。
ロブスタ再評価の流れ
ロブスタ種は、高温・高湿に強く、病害にも耐性がある品種です。気候変動に耐える現実的な代替手段として、世界中で**「ファイン・ロブスタ」**の取り組みが広がっています。
インドやウガンダなどでは、アナエロビック発酵やハニー精製などの工程を導入し、従来のロブスタとは一線を画す複雑な風味を生み出しています。焙煎の工夫次第で、ロブスタも驚くほど表情豊かになることがわかってきました。
また、エスプレッソ文化の根強い国では、ロブスタのクレマ形成能力やボディの強さが再評価され、ブレンドに欠かせない存在となっています。
過去にもあった「コーヒー危機」
実は、今回の気候変動以前にも、コーヒーは何度も「危機」に直面してきました。
1975年:ブラジルの霜害により世界生産量が急減。価格は一気に高騰。
1989年:ICO価格協定の崩壊で価格が暴落。多くの農園が離農。
2001年頃:過剰生産と投機で過去最低水準の価格に。農園が維持できず移民問題にも発展。
2012年〜:中米でのさび病の大流行により、生産量と品質の両方が大きく損なわれた。
これらの出来事は、コーヒーが外部要因に左右されやすい、非常に脆弱な産業であることを示しています。
価格上昇はすでに始まっている
気候変動や病害の影響は、すでに価格に現れています。とくにスペシャルティグレードの豆は、数年前の倍近い価格で取引されることも増えています。品質の向上に加えて、生産リスクが価格を押し上げているのです。
また、焙煎所やカフェでも原価上昇に悩まされ、価格転嫁を検討する動きが強まっています。今後は「高くても価値のある一杯」が評価される時代になるかもしれません。
おわりに──未来の一杯を守るために
2050年の世界では、今のように気軽にコーヒーを飲むことが難しくなっているかもしれません。しかし、それは「確定した未来」ではなく、私たちの選択と行動によって変えられるものです。
環境に配慮した農園からのコーヒー、耐病性のある新品種、あるいは新たな風味のロブスタ──。未来のコーヒーに繋がる豆を、日常の一杯から選ぶことができます。
当店でも、気候変動への対応を意識した豆をセレクトしています。未来の美味しさを守るために、今日からできることを一緒に考えていきましょう。