2025/05/22 19:10
ドリッパーには、見た目の違いだけでなく、それぞれに設計者の思想が込められています。味づくりの方向性、抽出速度の設計、流路の確保方法、材質による伝熱や保温性など、多くの要素が精密に設計されています。この記事では、代表的なドリッパーの「なぜその形なのか」を、設計者・開発者の視点に立って掘り下げていきます。
【HARIO V60:スパイラルリブと大開口が意味するもの】
HARIO V60は、2004年に発売された比較的新しいドリッパーです。最大の特徴は60度の円錐形状と、深く刻まれたスパイラルリブ、大きな一つ穴。設計思想としては、湯の流れを極力制限せず、バリスタがドリップ速度や濃度を自在にコントロールできるように設計されています。
リブは単なる装飾ではなく、ペーパーとドリッパーの間に空気の通り道を確保するためのもので、ペーパーが張り付かないようにする工夫です。これにより、ドリッパー内部で理想的な通液構造が保たれ、湯の流れが均質になります。HARIOの開発者は「誰にでも美味しく淹れられる汎用性」と「プロが細部まで調整可能な自由度」を両立させることを意図しています。
【ORIGAMIドリッパー:自由と均一の両立】
ORIGAMIドリッパーは、美濃焼の産地・岐阜県で開発されました。見た目の美しさだけでなく、20本の深い縦溝(リブ)によって高い通液性を実現しています。
設計思想としては、円錐型と台形型ペーパー両方が使える“両対応”を可能にし、抽出の自由度を高めることが目指されています。また、リブの数を増やすことで、抽出速度を保ちつつも、お湯の抜けムラを防止。開発者は「バリスタが自分のレシピを再現しやすいドリッパー」として開発したと語っています。
材質も磁器にすることで保温性と質感を両立。プロユースを前提に、デザイン性と機能性が融合した設計です。
【KONO式名門ドリッパー:一点抽出を徹底する構造】
KONO式は、1950年代から続く老舗ブランドです。名門フィルターは「一点抽出」をテーマに設計されており、下部にリブがなく、ドリッパーの上部のみに短いリブがある構造です。
この設計によって、お湯が自然に中心へと集まり、ドリッパー内で湯だまりができやすくなります。これにより、ネルドリップのような深いコクをペーパーフィルターでも再現することを目指しています。
また、リブを途中までに留めることでペーパーが壁面に張り付き、湯が中心へ集中する構造に。設計者はネル文化の再現と、手軽さの両立を強く意識したとされています。
【Kalita Wave:三つ穴と波形フィルターの精密設計】
Kalita Waveは、平底型・三つ穴構造が特徴です。この設計は「抽出の安定性」を最重要視したもので、誰が淹れても一定の味になることを前提に開発されています。
三つ穴構造はお湯の落ちるスピードを機械的に制限し、抽出過多や偏りを防止します。さらに、波形の専用フィルターは、ドリッパーとペーパーの接触面積を最小限にするため、空気層が保たれやすく、リブの代わりに機能します。
Kalitaの設計思想は「安定」と「再現性」。大量抽出やカフェの現場でもブレない味を目指し、特に業務用で高い信頼性を誇るドリッパーです。
【CAFEC フラワードリッパー:流速設計を極める】
CAFECは製紙メーカー・三洋産業が立ち上げたブランドです。フラワードリッパーの特徴は、花のようなリブ形状と、流速ごとに変えられたリブの角度です。
例えば、「深煎り用」「中煎り用」「浅煎り用」で、リブの深さや角度、全体の形状が調整されており、流速が一定になるように設計されています。設計者の狙いは、焙煎度による挽き目や粉の膨らみに左右されず、安定した味が出せること。
また、フィルターとの一体運用を前提にしており、CAFECのペーパーと合わせることで、理想的な抽出プロファイルが得られるよう設計されています。
【HARIO SWITCH:浸漬と透過のハイブリッド設計】
HARIO SWITCHは、通常のV60にスイッチ式の弁を組み合わせ、浸漬式と透過式の切り替えが可能なドリッパーです。
設計思想としては「抽出制御の明確化」です。初心者でも、粉にお湯を全体に注いでしばらく置いてからスイッチを開けるだけで、ある程度安定した抽出が可能になります。また、プロは抽出のどの段階でスイッチを開けるかによって味を細かく調整できるため、トライアル用途にも優れています。
設計者は、「透過式の難しさを解消しながら、浸漬による風味の幅を活かす」ことを目指しており、ティーライクな軽さから濃厚な味わいまで幅広いプロファイルをカバーできる設計です。
おわりに:ドリッパーが変われば、豆の表情も変わる
同じ豆を使っても、ドリッパーが変わるだけで味わいは大きく変化します。設計思想を知れば知るほど、その違いには理由があることが見えてきます。
豆の個性に寄り添うなら、ドリッパーの選び方も大切です。そしてもし、こうした違いを楽しみたいと感じたら、その違いをはっきりと感じ取れる焙煎豆を使ってみてください。
当店では、透明感と甘さのバランスを大切にした焙煎を心がけています。あなたのドリップ体験が少しでも豊かなものになるよう、そんな豆をご用意しています。