2025/05/23 15:51

――果肉を残して乾かす、その中間的な選択

コーヒーの精製法は、味わいの方向性を大きく左右します。なかでも「セミウォッシュド」、または「パルプドナチュラル」と呼ばれる手法は、ウォッシュド(湿式)とナチュラル(乾式)の中間に位置する精製法として注目されています。

果肉を除去したあと、ミューシレージ(粘液質)を残したまま乾燥するという特徴を持ち、ナチュラルの持つ甘みとウォッシュドの持つクリーンさを併せ持つ風味が生まれます。

ここで注意したいのが「ハニー製法(ハニープロセス)」との混同です。実際にはセミウォッシュドとハニーはほぼ同じ工程を指す場合もありますが、地域によって呼び分けや意味合いが異なります。たとえば中南米では「ハニー」と呼ぶのが主流で、セミウォッシュドという言い方はあまり一般的ではありません。一方ブラジルでは「パルプドナチュラル」として明確に区別されており、天日乾燥や機械乾燥との組み合わせが前提となることもあります。

どちらも「果肉を取り、ミューシレージを残して乾かす」点は共通ですが、ハニーの方がより細かく管理された発酵と乾燥条件を追求する傾向があり、イエロー、レッド、ブラックなど“蜜の残し具合”によって分類される点が特徴です。


味わいに現れるセミウォッシュドの特徴

セミウォッシュドで精製されたコーヒーは、味わいにおいて“穏やかな甘さ”と“控えめな酸味”、そして“軽やかなコク”が共存します。

ウォッシュドが持つ酸の明瞭さや透明感にはやや劣りますが、ナチュラルのような発酵臭や過度な重たさは控えめ。その中庸な味わいは、日常的なドリップやエスプレッソにおいて非常に扱いやすいものです。

たとえば、ブラジル産のセミウォッシュドでは、完熟チェリー由来のドライフルーツのような甘みや、ミルクチョコレートに似たまろやかな余韻が得られ、エスプレッソブレンド用として高く評価されています。


ブラジルにおけるパルプドナチュラルの立ち位置

セミウォッシュド(パルプドナチュラル)は、特にブラジルで確立された精製法として知られています。広大な乾燥場や天候に恵まれた地域では、水資源を節約しつつ、高品質な豆を安定して生産できる方法として採用されています。

ここでは収穫されたチェリーを果肉除去機にかけたのち、水洗せずにそのまま天日乾燥へ移るのが基本です。ナチュラルと比べて果肉を除くため、発酵リスクが抑えられ、品質のバラつきも少なくなります。

乾燥はパティオで行われることが多く、必要に応じて機械乾燥と併用されます。これにより、効率と味のバランスを取った生産が可能になります。


ミューシレージがもたらす風味の秘密

セミウォッシュドの大きな特徴は、ミューシレージが残った状態で乾燥するという点です。この粘液質には糖分やペクチン質、酵素が含まれており、乾燥の過程で自然な微生物発酵が進行します。

この軽微な発酵が香味に与える影響は大きく、メイラード反応の前駆物質やフルフリルアルコールといった化合物の形成が促され、甘みや香ばしさ、時にフルーティさが生まれます。

ただし、乾燥が不十分だったり、天候管理ができていないと、過発酵やカビ、オフフレーバーの原因にもなり得ます。そのため、セミウォッシュドは「簡単な精製法」ではなく、むしろ高度な管理が求められる中庸な方法ともいえます。


生産者の選択とその背景

セミウォッシュドは、単なる味づくりの選択というよりも、生産現場の状況に即した「現実的な折り合い」として機能しています。

たとえば、雨季が不安定な地域ではナチュラルの乾燥リスクが高くなり、ウォッシュドの水使用量も問題になります。こうした条件下では、果肉除去機さえあれば比較的水の使用を抑えながらも、高品質で個性のあるコーヒーを生産できるセミウォッシュドが魅力的な選択肢となります。

また、生産者によってはミューシレージの厚さや乾燥スピードを調整することで、より自分の目指す味わいに近づけようと工夫を重ねています。


抽出で活きる「ちょうどいい」特性

セミウォッシュドの最大の魅力は、その“ちょうどよさ”にあります。酸味が強すぎず、甘みが感じられ、苦味も丸みを帯びている。これは抽出時にも明確なメリットとなります。

たとえばドリップでは、蒸らしでじっくり成分を引き出し、湯温をやや低め(85〜90℃)に抑えることで、甘さとまろやかさが際立ちます。エスプレッソでも、クレマの質が安定し、ボディがしっかりしながらも後味は重たくなりにくい。

ミルクとの相性も良く、カフェラテやカプチーノにおいても豆のキャラクターが活きやすいため、業務用途にも広く活用されています。


おわりに ―― 中庸の美学を備えた精製法

セミウォッシュドは派手さこそありませんが、その中庸な美学と扱いやすさがプロの現場で評価され続けている理由です。

ミューシレージを残すことで生まれるほのかな甘さ、ナチュラルほど重たくなく、ウォッシュドほど冷たくもない――まさに「ちょうどいい」味づくりが可能になります。

もしあなたがコーヒーにおいて甘さや質感のバランスを重視するなら、セミウォッシュドの豆を試してみる価値は十分にあります。どこかやさしく、けれど印象に残る一杯が、そこにはあるかもしれません。