2025/05/24 11:29

「最近、コーヒー豆ってちょっと高くなった?」
そんな声を耳にすることが増えました。

実際、卸価格や小売価格を見ても、数年前と比べて1.2〜1.5倍に上がっている豆は珍しくありません。
では、なぜこれほどの値上がりが起きているのでしょうか? この記事では、現場の視点から価格高騰の背景を掘り下げてみたいと思います。


気候変動──栽培地が失われていく現実

コーヒーの栽培には、昼夜の寒暖差や適度な雨量、肥沃な土壌など、非常に繊細な条件が求められます。
ところが、近年このバランスが崩れつつあります。

特に大きな影響を受けているのが、世界最大の生産国であるブラジル。
2021年には歴史的な霜害と干ばつが重なり、生産量が激減しました。その影響は今なお尾を引いています。
また、エチオピアやケニアといった東アフリカ諸国でも、雨季の遅れや高温によって収穫量や品質が安定しない状況が続いています。

これらは一時的な異常気象ではなく、気候変動がもたらす長期的な変化とみられています。
つまり、従来コーヒー栽培に適していた土地が、今後は生産に向かなくなる可能性があるのです。

国際的な研究によれば、アラビカ種が現在栽培されている土地のうち、約半分が2050年までに気候的に不適格になるとも言われています。これは価格だけでなく、コーヒーそのものの将来を左右する深刻な問題です。


病害虫と人手不足──「作る人」が足りないという現実

さらに深刻なのが、コーヒー栽培を脅かす病害虫の拡大です。
なかでも代表的なのが、**コーヒーベリーボーラー(Coffee Berry Borer)**という害虫で、豆の中に卵を産みつけ、品質を著しく落とします。
加えて、さび病(リーフラスト)も多くの農園を悩ませており、生産者は年々増えるリスクに対応せざるを得ません。

これらに立ち向かうには、農薬の導入や品種改良、栽培管理技術の高度化が求められます。
しかし、それらには当然コストがかかります。人手も必要です。

ところが、多くの生産国では農家の高齢化が進み、若者が都市部へと流出しています。
コーヒー農業を支える人手が慢性的に不足しており、労働賃金の上昇も価格に跳ね返ってくるのです。
「高くなっている」のではなく、「この価格で維持できなくなっている」と言ったほうが実情に近いかもしれません。


国際相場と物流の混乱──複雑に絡む世界の影響

コーヒー豆の多くは、ニューヨークやロンドンの先物市場で取引される「コモディティ(商品作物)」です。
つまり、コーヒーの価格は天候だけでなく、為替相場や国際情勢、投機筋の動きにも大きく左右されます。

たとえば、生産国通貨が下落すると輸出量が増えますが、それが市場価格を押し下げることもあります。
逆に、生産国でのインフレや燃料費の上昇が続けば、生豆の価格は高騰します。

さらに、近年は物流の不安定化が大きな影響を与えています。
パナマ運河では水位の低下によって船の通行が制限され、紅海では紛争の影響で船舶の航路が変更される事態に。
これにより、コーヒーの主な輸送手段である船便が大幅に遅延し、運賃も高騰しています。

「豆はあるけれど港まで届かない」「届いても想定以上にコストがかかる」──そんな状況が、価格全体を押し上げているのです。


ロブスタ種の再評価──苦味だけでは語れない個性

こうした中で、価格や供給の安定性から注目されているのがロブスタ種です。
アラビカ種と比べて病害虫や高温への耐性が強く、より低地で栽培できるため、生産コストが抑えられるという特徴があります。

これまでロブスタは「苦い」「重たい」「雑味がある」とされ、主にインスタントコーヒーやエスプレッソブレンド用とされてきました。
しかし、近年は発酵技術の進化により、フルーティでクリーンなロブスタのロットも登場しています。

エスプレッソにおいては、ロブスタが生むクレマの厚みボディ感を好む文化も根強く、イタリアではブレンドに必ずと言っていいほどロブスタが含まれています。

価格高騰の時代、ロブスタは「仕方なく使う豆」ではなく、「風味の選択肢」として再評価されつつあるのです。


高騰を「知ること」で楽しみ方は変えられる

私たちはこれまで、あたりまえのようにコーヒーを安く楽しんできました。
しかし、その価格には多くの「見えないコスト」が隠れていたのかもしれません。
気候変動、病害虫、人手不足、物流危機──それらが一つ一つ、価格に反映されてきているのです。

けれど、それは同時に「これからの選び方」を考えるチャンスでもあります。
産地の物語を知り、ロットごとの個性を味わい、納得できる価格で豆を選ぶ。
それは価格以上の価値を感じさせてくれる体験になるはずです。