2025/05/27 21:23
自動販売機で気軽に手に取れる缶コーヒー。その一缶にどのような抽出技術が詰め込まれているか、考えたことはあるでしょうか?
家庭でドリップやエスプレッソを楽しむ感覚とは大きく異なり、缶コーヒーの製造には、数千リットル単位の「工業的抽出技術」が使われています。本記事では、その代表的な抽出方法について、プロの視点で詳しく解説していきます。
1. 連続式抽出(Continuous Extraction)
工業抽出の基本形:量と安定性を両立
連続式抽出は、多くの缶コーヒー製造ラインで採用されている基本方式です。これは、大量のコーヒー粉に熱湯をかけ続けて、抽出液を連続的に回収していく仕組み。以下のようなプロセスが一般的です:
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ステンレスタンクに粗挽きのコーヒー粉を投入
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90〜110℃の湯を一定流量で通過させながら、複数の段階に分けて抽出
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各段階で得た液をブレンドして、濃度・風味を調整
この方式では、「薄い液と濃い液」を段階的に取り出し、最終的な味のバランスを整えるのが特徴です。カウンターカレント(逆流抽出)という設計を取り入れることもあり、これは後半に使用する湯を前半の粉に、前半の湯を後半の粉に使う方式です。高効率で無駄が少なく、かつ風味の均質化がしやすいのが長所です。
また、抽出中の液のTDS(溶解固形分濃度)やpH、温度はすべてセンサーで管理され、PLCによってリアルタイムに制御されます。
2. バッチ式抽出(Batch Extraction)
一釜ごとに淹れる、「工場版ドリップ」
連続式に対し、バッチ式は一定量のコーヒー粉と湯を一度に投入して一釜単位で抽出を完了する方式です。これはまさに、家庭でのドリップやフレンチプレスの工業版といえます。
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300〜1000リットル程度の抽出タンクに、計量したコーヒー粉と湯を投入
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タンク内で数分〜十数分、浸漬または循環させながら抽出
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得られた液をろ過して次工程へ
バッチ式の最大の利点は、抽出ごとに味を微調整しやすい点にあります。製品ごとに豆の種類やローストが異なる缶コーヒーでは、製品特性に応じて細かくレシピを調整できるバッチ式は重宝されます。小ロット・高付加価値製品(プレミアム缶など)に多く用いられる手法です。
3. 真空抽出(減圧抽出)
香りを壊さず、まろやかに仕上げる技術
真空抽出は、タンク内の気圧を下げ、低温でも効率よく抽出を行う技術です。通常の抽出温度より低い70〜85℃ほどで行われることが多く、酸化や揮発性香気成分の飛散を防ぐ効果があります。
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抽出タンクを密閉し、減圧状態に設定
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湯温を下げた状態で、粉に一定時間接触させる
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抽出後、液は直ちに冷却・密閉
この方法で得られるコーヒー液は、酸味や苦味が角の取れた、やわらかい味わいになります。牛乳や砂糖と合わせる缶コーヒーとの相性がよく、特に「まろやか」や「ミルクとの一体感」が売りの製品で使われる傾向があります。
4. コールド抽出(Cold Brew)
滑らかでクリアな味を長時間かけて
コールド抽出は、低温の水で長時間(8〜12時間程度)かけて抽出する方式です。家庭でも水出しコーヒーとして知られる手法ですが、工場では以下のように制御されます。
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タンク内に粉と水をセット
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低速で撹拌しながら、数時間以上かけて抽出
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液をろ過して冷却・保存
この方式で得られるコーヒーは、渋みが少なく、丸みのある甘さが特徴です。ただし抽出に時間がかかるため、大量生産には不向き。限定製品や、ブラックコーヒー志向の無糖タイプで一部採用されています。
5. スチーム抽出(蒸気抽出)
強烈な熱と圧力で、力強い味をつくる
スチーム抽出は、高温の蒸気(120〜130℃)を使って、コーヒーの成分を短時間で抽出する方式です。これは、コーヒーを“煮出す”ようなイメージに近い方法で、以下のような特徴があります。
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コーヒー粉に蒸気を噴射しながら、短時間で成分を抽出
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香りが飛ばないよう、抽出後すぐに冷却・密閉
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蒸気圧は0.2〜0.4MPa程度の高圧設定になることも
この方式では、深煎り豆の苦味やロースト感をしっかり引き出すことができるため、「力強いコク」を求める缶コーヒーに採用されます。香料との相性も良く、砂糖やミルクを多く使うタイプで多用されます。
6. 高圧抽出(エスプレッソ式)
濃縮された味の“コア”を作る
カフェでおなじみのエスプレッソ抽出を、大型スケールに応用したのがこの高圧抽出法です。10〜15気圧で90〜95℃の湯を短時間(20〜30秒)で粉に通し、ごく少量の濃厚なコーヒー液を得ます。
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非常に細かく挽いた豆を使用
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専用の高圧抽出機で、1ショットごとに抽出
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得られた濃縮液は、他の液体とブレンドするベースになることが多い
この濃厚な液は、「エスプレッソタイプ」や「ダブルショット」などの缶コーヒーに使用されるほか、風味を強化する**ブレンド用の“エッセンス”**としても活用されます。
おわりに:工場の抽出技術は「再現性」と「効率」の結晶
家庭で淹れる一杯のコーヒーが“職人芸”なら、缶コーヒーの抽出は“精密機械工学”。大量生産の現場では、味のばらつきを極限まで排除し、コストを抑えながらも製品としての魅力を保つ必要があります。
各種抽出法は、それぞれの目的と製品設計に応じて選ばれており、場合によっては複数方式を組み合わせて使われることも珍しくありません。缶コーヒーを飲むたびに、その背後にある技術と工夫にも、少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。